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    【児玉桃/ドビュッシーをとりまくピアノ音楽】 第4回「ドビュッシーとメシアン、武満徹」 アンコール

    昨日の児玉桃/ドビュッシーをとりまくピアノ音楽のシリーズ 第4回「ドビュッシーとメシアン、武満徹」にはたくさんのご来場を賜りまして、誠に有難うございました。

    おかげさまで、大変な盛り上がりのなかで、全4回にわたる本シリーズを締めくくることができました。サイン会も盛況でした。

    アンコール曲をお知らせいたします。
    アンコール曲
    ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女(前奏曲集 第1巻から)
    ドビュッシー:喜びの島

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    | ドビュッシーをとりまくピアノ音楽 | 18:46 | comments:0 | trackbacks:0 | PRINT | TOP ↑

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    【ATM便り】 2013年6月13日号

    茨城新聞で連載中の「ATM便り」。昨日掲載の記事では、いよいよ明日に迫った 児玉桃/ドビュッシーをとりまくピアノ音楽のシリーズ 第4回「ドビュッシーとメシアン、武満徹」にちなみ、3人の作曲家が愛した“自然”をテーマに書きました。

     2012年に生誕150年を迎えたフランスの大作曲家クロード・ドビュッシー(1862~1918)のピアノ音楽を、彼をとりまく様々な作曲家の作品と比較・対照しながら、より深く味わってみようという本シリーズも、いよいよ最終回を迎えます。

     ドビュッシーと組み合わせる作曲家は、彼の大先輩にあたる18世紀フランス古典音楽のクープラン、ラモーに始まり、19世紀のピアノの大家ショパン、ドビュッシーとほぼ同時代のムソルグスキー、ラヴェルを経て、今回はドビュッシーの影響を受けた後の世代の作曲家であるオリヴィエ・メシアン(1908~92)と武満徹(1930~96)を取り上げます。

     いわゆる「現代音楽」の領域に進んでいきますから、難解な音楽をイメージされるかも知れません。しかし、身構える必要はありません。なぜなら、音楽は「室外の芸術であり、風と空と海、諸元素に拍子を合わせる芸術」と語り、新しい音楽の扉を開いたドビュッシーの自然への眼差しが、メシアンにも武満にも脈々と受け継がれているからです。

     鳥類学者としても知られるメシアンは、鳥の声をできるだけ精確に楽譜に写し、その作品の中に登場させました。敬虔なカトリック信仰を持ち、“神の創造物”である自然に畏敬の念を抱いていたメシアンは、鳥の声に神の啓示を聴きとっていたようです。その音楽は、多種多様な鳥たちが世界中から集まってきたかのような、まばゆい色彩と変化に富んだリズムに満ちています。

     武満には〈雨の樹〉〈雨の呪文〉〈海へ〉など、水をイメージした作品が少なくありません。武満は「私には、音と水は似たもののように感じられる。水という無機質のものを、人間の心の動きは、それを有機的な生あるもののように感じ、また物理的な波長(言葉の神秘的な暗合)にすぎない音にたいしても、私たちの想念は、そこに美や神秘や、さまざまな感情を聞きだそうとする」と述べています。

     自然を愛し、そこから無限のインスピレーションを受けた3人の作曲家の音楽が、コンサートホールを彩ります。皆様も、大自然に分け入った時のように、感覚を全開にして、音の世界に想像をふくらませてみてください。

    (水戸芸術館音楽部門主任学芸員・関根哲也)

    | ドビュッシーをとりまくピアノ音楽 | 16:01 | comments:0 | trackbacks:0 | PRINT | TOP ↑

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    【児玉桃/ドビュッシーをとりまくピアノ音楽】 最終回のプログラム

    20世紀の扉を開いたとも言えるドビュッシーの音楽は、メシアンや武満徹によって受け継がれ、彼らがまた独自の響きを生み出す原動力にもなりました。そのような大きな流れがコンサートでもよくわかるように、初めにドビュッシー〈前奏曲集 第2巻〉(前半の6曲)を演奏、メシアン、武満と続き、最後にまたドビュッシー〈前奏曲集 第2巻〉(後半の6曲)が戻ってくる、という順番にしました。ドビュッシーの音楽が持つ現代性を、心ゆくまでお楽しみいただければ幸いです。

    ドビュッシー
    〈前奏曲集 第2巻〉

    昨年11月のシリーズ第2回「ドビュッシーとショパン」では〈第1巻〉が演奏されましたが、今回はその3年後(1913年)に完成された〈第2巻〉。〈第1巻〉では通常の2段譜が使われていましたが、〈第2巻〉は3段譜で書かれており、それだけ様々な旋律、音色、リズムが入り組んだ精妙な作品に仕上げられています。第12曲〈花火〉はとりわけ有名で、この曲だけ単独で演奏されることも多々あります。

    メシアン
    〈8つの前奏曲〉 から
    〈みどり児イエスにそそぐ20の眼差し〉 から

    〈8つの前奏曲〉はメシアン21歳の1929年に作曲されました。第1曲〈鳩〉、第8曲〈風に映る影〉などが演奏されますが、その題名からも、フランスの偉大な先輩の影響が感じられます。
    〈みどり児イエスにそそぐ20の眼差し〉は1944年の作品。ここに至ってメシアンはまったく独自の響きをつくりだすことに成功しました。演奏されるのは、第4曲〈聖母の眼差し〉、第10曲〈喜びの聖霊の眼差し〉の2曲。この曲には、児玉桃さんの素晴らしいCD(全20曲収録)があります。ぜひ聴いてみてください。

    武満徹
    〈リタニ ―マイケル・ヴァイナーの追憶に―〉
    〈雨の樹 素描〉

    「武満徹の〈二つのレント〉は音楽以前である」という有名な(?)批評で知られる〈二つのレント〉(1950年作曲、楽譜消失)を、後年の武満が若干残されたスケッチと記憶を頼りに再作曲したのが〈リタニ〉(1989年)です。吉田秀和初代館長は、初演時の〈二つのレント〉について、「ややフランス印象派風の音の装いの中で、孤独狷介で人を寄せつけない厳しさをもった音楽」と評しています。
    〈雨の樹 素描〉は1982年、大江健三郎の小説『頭のいい「雨の木」』に触発されて作曲。打楽器のための〈雨の樹〉(1981年)、ピアノのための〈雨の樹 素描 II〉(1992年)と“血縁関係”にある曲です。曲に広がる水のイメージの中に、はるかドビュッシーの響きも聴こえてきそうです。

    《関根》(『vivo』2013年6月号より)

    | ドビュッシーをとりまくピアノ音楽 | 14:56 | comments:0 | trackbacks:0 | PRINT | TOP ↑

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    【児玉桃/ドビュッシーをとりまくピアノ音楽】 シリーズ最終回に向けて 児玉桃さん、インタビュー!

    6月15日(土)にいよいよ最終回を迎える児玉桃さんによる「ドビュッシーをとりまくピアノ音楽のシリーズ」の第4回「ドビュッシーとメシアン、武満徹」。今回の聴きどころについて、児玉さんが語ってくださいました。
    ― シリーズ最終回がいよいよ6月に迫りました。これまで演奏されてきて、どのようなご感想をお持ちですか。

    児玉桃
    児玉桃
    児玉桃:クープランから武満まで、およそ400年にわたるドビュッシーの目から見た旅をさせていただき、ドビュッシーが西洋音楽史の中でどのような大事な役割を果たしたのか、私自身も再発見させていただきました。
    水戸芸術館という親密な雰囲気のホールで、皆様と一緒にこの旅をさせていただくことができ、とても幸せです。また、シリーズの第1回にいらしてくださった方が、第2回、第3回にもたくさんいらしてくださったようですが、お客様とのそういう特別な関係を作らせていただける事はとても嬉しく思います。

    ― 第4回はドビュッシー以後の時代へと入っていきます。児玉さんはメシアンのスペシャリストとしても知られ、メシアン夫人のイヴォンヌ・ロリオさんとも親交が厚いとお聞きしています。メシアン作品にはどのような思い入れがありますか。

    児玉桃:私は、メシアンご本人とは、残念ながら直接お会いする事はなかったのですが、メシアンのミューズであり、そのピアノ音楽を全て初演なさっている奥様のロリオ先生とは面識があり、学生時代から励みのお言葉をよくかけていただいていました。その後、メシアンの音楽を演奏するにあたり、ロリオ先生から沢山のアドバイスをいただく事が出来たのは、私の人生の貴重な宝物です。
    メシアンが若い時に作曲して、公開していなかった〈ヴァイオリンとピアノのファンタジー〉を、ロリオ先生の依頼により、世界初演させていただいた事は、この上なく光栄でした。
    メシアン自身は、和音によってさまざまな“色”が見えたそうですが、メシアンの音楽は、そのきらびやかな色彩に、さまざまな光があたるように、輝かしい響きが演奏される空間に広がります。大胆な表現、リズムの面白さ、自然とのつながり(鳥の声は、メシアンの曲のあらゆるところに出てきます)なども、その大きな特徴です。また、第二次世界大戦のような大変な時期に書かれた曲でも、希望にあふれており、人を幸せにする音楽だと思います。
    モーツアルト、ショパン、ドビュッシーなどすべての偉大な作曲家がそうであるように、メシアンの音楽も一音を聴いただけで、“これはメシアン”と分かる、独自の個性を持っています。

    ― 今回はさらに、戦後の日本を代表する作曲家・武満徹のピアノ曲も演奏されます。武満の作品は、児玉さんにとってどのような魅力がありますか?

    児玉桃:タケミツは、ドビュッシー、そしてフランス文化が大好きだったそうですが、微妙な色彩感、そして、形にはまらないフリーな表現力などは共通しているように思います。それと同時に、日本の瞑想的なところ、繊細な表現、“間”の取り方などがとても詩的な音楽に感じます。

    ― ドビュッシーの音楽は、メシアン、武満徹のどのようなところに受け継がれているとお感じですか?

    児玉桃:ロマン派の音楽は心臓の音のリズム、人間の声にもとづくメロディーの音楽が多いですが、ドビュッシーから後に続いたメシアン、武満は“自然のリズム”にもとづいた音楽のように思います。ですから、風や波、雲、鳥の声などがたくさん出てきます。
    そして、ドビュッシーの繊細な色彩、白黒とはっきりしない色のつながり具合を、メシアン、武満は受け継いでいますが、そこからとても個性の強い独自の世界をそれぞれが作り上げているところが、とても興味深いと思います。

    ― 最後にお客様にメッセージをお願いします。

    児玉桃:4回にわたり、ドビュッシーの素晴らしい音楽を色々な視点から見る、と言うプロジェクトを、水戸の素晴らしいホールでさせていただきとても幸せです。
     このアドベンチャーにご一緒してくださっているお客様、そして水戸芸術館の素晴らしいスタッフの皆様に、厚く御礼を申し上げます。6月にまたお目にかかれますことを、楽しみにしております。

    《関根》(『vivo』2013年6月号より)

    | ドビュッシーをとりまくピアノ音楽 | 17:38 | comments:0 | trackbacks:0 | PRINT | TOP ↑

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    【ドビュッシーをとりまくピアノ音楽】 第3回「ドビュッシーとラヴェル、ムソルグスキー」 アンコール

    2月23日の児玉桃/ドビュッシーをとりまくピアノ音楽のシリーズ 第3回「ドビュッシーとラヴェル、ムソルグスキー」にはたくさんのご来場を賜りまして、誠に有難うございました。当日のアンコール曲をお知らせいたします。
    アンコール曲

    チャイコフスキー:四季 ― 12の性格的描写 作品37b より
    第3曲“ひばりの歌”(3月)
    第11曲“トロイカで”(11月)

    次回は6月15日、テーマは「ドビュッシーとメシアン、武満徹」です。

    | ドビュッシーをとりまくピアノ音楽 | 19:20 | comments:0 | trackbacks:0 | PRINT | TOP ↑

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